昨日はとてもおもしろいことがあった。

小学生に上がる前の三男がひらがなを自分から書き始めたのだ。

三男と長女は歳が近いこともあってか、いつも一緒に遊んでいる。

その最たるものが『落書き』だ。

所構わず落書きしようとするので、ペンをもたせるのはさすがに危険w

※新しい本拠地になったこともあって、落書きは結構厳し目に怒る

そのため、いつも捨てても構わないような紙を用意してずっと書かせていた。

そうしたら書くわ書くわ。

毎日よく分からない絵を何十枚と二人して書いている。

「これ見てー!」と子供たちは褒めてほしそうに持ってくる。

僕はそれを見て「おー!すごいじゃないか!よく書けたね!」

しか言わなかった。

しかし、ここで妻がイケるんじゃないかと思って

ひらがな練習ノートを買ってきたようだ。

いやいや、さすがにひらがなはまだ駄目だろうと思ったのだが、三男はすぐさま取り掛かった。

そしたらしっかりなぞるし、集中もできている。

勉強しているという感覚はたぶんない。

今までの落書きがそのまま継続されているような感覚なんだろう。

やっぱり最後は変わらない。

「お父さんコレ見て!」と褒めてほしそうにしている!

見て見て!と嬉しそうにする三男

「おー!すごいね!まさか書けるとは思わなかったよ!」と大げさに喜んで見せたら満面の笑みを見せながら、続々と書いていくのだ。

その後、僕はお風呂に入った。

その時間は長女も入れたので約40分程度。

その40分間の間になんと10ページ以上もあるひらがな練習ノートを全部終わらせてしまったのだ。

これにはさすがに驚いて、「いや、全部は嘘だろww」って言ってしまった自分が恥ずかしい。

三男がここまでできるヤツだとは思ってなかった。

しっかり集中すればもうひらがなを練習し、覚えていくことができるようになっていたのだ。

子供の限界を大人の都合で決めない。

これはめっちゃくちゃ大事なことだと思っていたが、自分はまだまだ甘かった。そのことを三男は教えてくれた。

そして、落書きの先から学習につながると読んだ妻の機転と、鋭さ。

僕はそこから学習につなげることをこれっぽっちも考えていなかった。

子供たちは遊びから学習にスムーズにつなげることを知らない。

大人はそのキッカケを与えるだけでいい。そうしたら子供は勝手に学んでいく。

あれやれ、これやれの学習は意味がないと思っていた。

これは宿題をしない子供たちに対して行う大人のアプローチという記事にも書いたのだが…。

大人が学習のキッカケを作ることでこんなに子供自身から学習してくれる。

そのキッカケが何であるかを見極めるのが大人たちの最大の役目であると感じる。

僕は本当の学習を垣間見た気がした。