今日はお呼ばれして、学校の先生たちの模擬授業会に参加させてもらいました。
自分たちが生徒になったつもりで、授業を展開し、良いことも言うし、改善すべきことも言う。
そんな場所に地域の人として参加できること自体が結構稀です。
今回はその会に参加しての感想を振り返っていきます。
自分たちの授業を振り返る。質の高い授業を目指して
集まったのは19:30。そして終わったのは21時。
ここに参加しているのはほぼ先生ですが、自分たちの学校の仕事が終わって駆けつけてくる。
そして、この模擬授業のためにプリントや、小道具の準備をしてきています。
この働き方改革がどうとか言われている中、これほどまでに真剣に模擬授業に臨み、そして、周りの先生たちも「もっとこのほうが良いかもしれないね」、「AパターンとBパターンが考えられるね。どちらも最初から試してみてもらえるかな」などなど、体験的であり、実践で使えるようになるテクニックを研究していました。
そして、他人の良いところはすぐに取り入れ、明日からの授業に使えるようになる。
これは学校の先生としてのレベルアップは非常に良いものだと感じました。
これも、すべての子供たちを置いていかないために授業を最適化する姿でもあり、そのための妥協を惜しまないという熱意に、先生たちの見えない努力を垣間見えることができたと思います。
あくまでも学校教育の最適化である
ここからは本音です。
最初に言っておきますが、決して批判しているわけではないと分かってこの先を読み進めてもらいたいと思います。
今回の模擬授業の目的からして仕方ないと思っていますが、あくまでもこの模擬授業は学校教育のためのものです。
つまり、答えがあり、一斉に進めるための最適化でもあります。
誰かの心を導いていく…というよりは強制的に連れていかれる感覚があるのも事実です。
なんとなくロボットのような感じの印象を受けたのも事実でした。
しかし、学校教育の目的は先人の知恵をどれだけ伝えられるか?にかかっています。そのためには30〜40名という大多数の人の気持ちや、心を一斉に連れていき、同時に同じことを覚えさせる。
これが学校教育であり、学校教育の難しさでもあります。
一人ひとり答えが違っていいという社会教育とはまた別の難しさであり、そのための最適化であるのだろうなとも感じています。
この学校教育のシステムが必要か必要じゃないか…という議論が世の中にはありますが、僕たちから学校のシステムが消えたら、困ることのほうが多いとも感じます。
すべてが社会教育的に答えがないもので溢れていたら…それはそれで課題が多いだろうなって思うのです。
やはりすべてはバランスであり、学校教育も、社会教育も、家庭教育も必要なものです。
それを理解した上で、学校教育の高みを目指している現場を肌で見れたのはとても新鮮でした。