コミュニティ・スクール、最近、問い合わせというか相談なども増えてきました。

ますます熱を帯びてきて、面白くなってきたなって思います。

僕はコミュニティ・スクールを広めたいとは言っていますが、実は本当に大切にしたいと思っているのはコミュニティ・スクールを作ることじゃありません。

コミュニティ・スクールはあくまで理想の目的達成のための手段。本当に大切なのは人の絆です。

今日はそんな話です。

これからの世界で必要になるのは絆

今、生きている世界が住みづらい、生きづらいって感じている人はめちゃくちゃ多いと思います。

芸能人の方が自殺をしてしまって、衝撃を受けている方がたくさん多いと思いますが、日本の自殺者は年間、約20000人もいるようです。(一番ヤバい時は3万人くらい。それでも減ったようです)

まぁ、それでも2万人です。どれだけこれからの人生に希望を持てない人が多いのだろうと思うのです。

僕も昔の生き方をしていたら間違いなく息苦しかっただろうなって思います。

「こんな仕事を60歳になるまでやるのか」
「もう仕事行きたくない、朝起きたくない」
「やめてもどうせ地獄。逃げ場はない」

そんな風に思ってました。

でも、自分の考え方が変わったら、そんな世界ばっかりじゃないんだって気づいたわけです。

苦しいこともあるかもしれないけれど、楽しいことはいくらだって作れるし、自らその方向に手を伸ばしていける。

そう思えたのは、「自分と対話するのが大事だよ」と本気で教えてくれた人たちがいたからです。

『何言っても許されない空気感』から
『何言っても許される空気感』に世界が変わったのは、自分と対話して自分の生き方と本気で向き合ったからに他なりません。

そして、そうしたことを教えてくれた人たちの出会いや、絆が僕を強くしてくれたんだと思います。

人の絆を強くしたい

人の絆はだんだん薄くなっていっている世の中です。でも、また「人の絆は大切だ」とみんな気づきはじめています。

それはオンライン化が進んだことも原因かなと思います。

なぜなら人と会えない、話せないという期間が長かったからです。
人は一人じゃ寂しくて生きていられない。

だから、飲み会で騒ぎたいし、無駄話でも良いから人と話したい。

そんな風に『無価値に意味がある』と感じる時代がきて、そこから人の絆がどんどん深まっていくんじゃないかなって思うのです。

実はそうしないとよくないことがあります。
それは災害の恐怖です。

災害は現地の人の絆が試されます。
インターネット環境でどれだけ人の絆が深まっていようと、災害でインフラが壊されてしまうと、今、近くにいる人達だけでなんとか支え合っていかなければいけないのです。

しかも、それがこれから起こるだろうと予測されているのです。

起きてないから大丈夫ということではなく、一朝一夕ではどうにもならないからこそ、みんなで絆という糸を編むことが大事なんじゃないかなと思ったりします。

絆を作るために村を作ろう

これから少子化もあるし、どんどん人が少なくなってしまいます。それは事実です。

でも、人が少なくなったら、人は人がいる方へと集まり始めると思うのです。(寂しいから)

そうした時に村が出来上がるんですよね。
その村にはルールがありますし、これからまたその村で新しい子どもたちが生まれた時のために『教育』が必要だったりします。

それがコミュニティ・スクールに近いのかなとも感じるのです。

もちろん、飛躍した考え方だし、僕に全部染まる必要もありません。

でも、自らを振り返り、どんな風に生きたいか?どんな村をみんなで作りたいか?

そんなことを考えていけるのがコミュニティ・スクールの魅力だなって思っています。

学校教育をよくするだけではなく、地域や、社会をよくする可能性も秘めているんじゃないか。

そう期待してやまないのです。