すごい記事を見てしまった。

天邪鬼がいっぱいいた昭和の学校 – 住田昌治|論座 – 朝日新聞社の言論サイト  「論座」の連載も約束の期日を迎え、これで最終回になります。これまで小学校の一校長のたわいない記事を読んでいただきありがと webronza.asahi.com

「先生のクラスだけ教え方が違うのは困る。みんな同じ教え方にしないと子どもも保護者も混乱するから合わせてください」

「隣のクラスは宿題をたくさん出してくれるのに、どうしてうちのクラスは少ないのですか!学力に差が付きます、もっと宿題を出してください。先生が楽してるんじゃないですか!」

おー、そんな考え方なのか。

何となく分かるけど、僕にはちょっとよく分からなかった。

一番気になったのは先生が楽してるんじゃないですか?の一文。

楽してるのはどっちなのか?と感じたりしていた。

今回は先生が楽しているのか?についてちょっと掘り下げてみようと思う。

先生が楽しちゃダメなの?

まず、先生が楽しちゃダメなのかどうか。

僕が現場を見てきたから言えることだけど、先生はめちゃくちゃ考えている。

一人ひとりの子どもたちの特性を考え、授業準備もやってるし、クラスの椅子を一人ひとりの子どもの身長に合わせて高さ調整なんかをしている。

宿題も一括で出したりしているが、ババーっと集めて、その日の帰りまでに返す。

これだけでも大変な作業だ。

何しろ授業やってるんだから、不可能を可能にすることを毎日やっているとしか思えない。

それくらい心と神経、いうなれば魂を削って仕事をしている。

そんな姿には本当に「ありがとうございます」という言葉と、むしろそんなに頑張って仕事しなくても大丈夫ですと言いたくなる。

しかし、さっきの引用文に限って言えば、「えぇ、頑張って働いてるねーー!でも、足りねーんだよ!」と、ものすごい相手の状況や、都合を理解しないまま投げている言葉だと思う。

こういう言葉は結構いろんな場所で出る。学校評議委員や、PTAの方々でさえも「先生を楽させるためじゃない、子どもたちのためですから」という言葉を言ってしまう。

逆だ。先生を楽させて、自由に楽しく仕事をさせてあげることが子どもたちのためなのだ。

保護者たちが先生を苦しめてしまうと、子どもたちが窮屈になり、ワクワクしない状況を作ってしまう。

もちろん、先生たちも直すべき点や、改善するべきところはたくさんある。

でも、それを言う前に私たち、地域の保護者がみんな楽になる方法を考えるほうが先だ。

楽になるは悪ではない。

楽になるから心の余白が生まれ、チャレンジ精神や、気遣いが生まれるのだ。

むしろ、みんな楽になりたいって言ったら楽になりたいでしょ?

っていうか、宿題があっても学力はそんなに変わらない

僕の個人的な考えなので、エビデンスも何もないのだが、宿題があっても学力はそんなに変わらないと思っている。

保護者が宿題を望めば望むほど、宿題はやらされ感が増してしまう。

先生もやらされ感が増し、何の工夫もない宿題が出される。

そして、保護者はまた怒って、さらに厳しい宿題を望む。

これを負のループと呼ばず、なんと呼ぶのか?

やらされている限り、宿題をやっても学力や、人間性、自立心はほとんど育たない。

もちろん、それでも宿題を一生懸命にやる子もいる。

しかし、それは主体的ではなく、自主的になってしまう。

自主的とは『与えられたものを積極的にやろうとすること』。

つまり、与えられなければ自分で考えられないのだ。

それでは、これからの社会を生き抜く本当の力が育たない。

親も本当はそれを望んでいると思う。自分の力で不自由なく、楽しく、自由に生きて欲しい。

だから、宿題を親から、先生から望んではダメなのだ。

あくまでも空いた時間で「何をすれば良いんだろう?」って考えることが主体性の始まりである。

先生が楽になるとどうなるのか?

先生が楽になればなるほど、先生はいろんなことをやるだろう。

もしかしたらオンラインサロンに入って、いろんな人脈を創るかもしれない。

もしかしたらたくさんの本や、Youtubeを見て勉強するかもしれない。

もしかしたらブログを書き始めて、今までの経験を振り返るかもしれない。

学校以外のことをやり始めるだろう。

それがあるからこそ、学校という業務に彩りと多用な価値観が出て、さらに新しい教育へと変わっていく。

これはドリル宿題廃止を実行した学校をインタビューした時のことからも明らかだった。

ドリル宿題はもうやめます!“当たり前”を見直した水戸市立石川小学校の挑戦 ドリル宿題に悩んでいませんか?繰り返される意味のない反復練習…。子供にも教員にも意味がない!そう思ってドリル宿題を廃止した t-knit.or.jp

楽になったから、ずっと休んでばかりいて、怠けるか?というとまったくそんなことはない。むしろ逆だ。

今までの価値観ではダメだからこそ、今までやったことないことにチャレンジする必要があるのだ。

みんながワクワクするから子どもだってワクワクする

子どもが夢を持つ瞬間。

それはワクワクして楽しそうな人を見た瞬間。

ワクワクしていない、いつもゲンナリ、いつも忙しそうな大人が身近にいたら、子どもたちはどうなる?

同じようにゲンナリする子が大半だろう。夢を持たないというのは、今の大人たちの裏返し。

大人たちが楽しそうではないのだ。

だから、もっとも身近になる一番最初の第三者の大人…つまり『先生』がワクワクすることは重要。

そして、ワクワクしているということは楽になっていて、いろんなチャレンジをするから起こるのである。

先生を楽になることを怖がらない。不用意に止めない。

楽になったからと言って、先生は何もしない人はいない。

なぜなら、先生は子どもたちの笑顔が大好きだからだ。

ちなみに宿題に関しての記事はこちらでもまとめているのでぜひ読んで欲しい。

宿題をしない子供に対して行う大人からの2つのアプローチ 私の子供は宿題をなかなかしない子供です。しかし、やる意味を改めて考えさせられるできごとがありました。そこで、大人から子供に t-knit.or.jp