ソルティーのプロフィール「先生と子供が共に心から笑顔で接する時間を増やしたい!」

学校で話すソルティー

最幸の仕事に就き、本当の仕事の楽しさを知る

職を決める

ハローワークで半年間、自分自身を振り返った後、相談員の方からついに仕事の紹介がありました。

「給料も悪くないし、平日は17時まで。土日は確実に休みだし…何よりキミの好きなパソコンを活かせる仕事だし、良いと思うんだけど…やってみないかい?」

そこで紹介されたのが僕の人生を変えた仕事、学校の先生のパソコンサポートをするICT支援員という仕事でした。

最初の頃は何ができるか全く分からなかったのですが、入ってから半月くらい経った時

「助けて下さい!!」って学校の先生から要望がありました。

電話をかける

校務支援ソフトというものが今の学校には入っていて、しかもそれが市によってどんなソフトを使っているかは違う。

そんな状態で他の市からやってきた先生はどのように操作したら良いのか分からなかったというのです。

僕はその校務支援ソフトがどのようなものか分からず、何をお願いされるかも分からなかったので、教育委員会の人にお願いして、デモ用のパソコンを用意してもらって、全ての操作を覚え、どんな風にデータが書き換わるかもチェックして支援に向かいました。

パソコンでデモを行う

そしたら、実際サポートした内容は転校してしまった子のデータを削除するだけ(笑)

でも、助けてほしいことは私にとって本当にカンタンな操作だったのですが、その方にとって見れば死活問題。学校の先生ってパソコンを習って学校の先生になる訳ではないので、ほとんどの方が情報機器に疎いんですね。

サポートが終わってから手を握って泣いて喜ばれました。

「ありがとうございます!本当にありがとうございます!!」

先生に泣いて喜ばれる

いや、もうこの時の衝撃はすごかった。

今まで「ありがとう」を本音で受け取ったことなんかなかった

今までのありがとうは建前というか、言って当たり前というか、本音で受け取っていなかったんだと。

普通のレールに乗れなかった社会のクズだと思っていた私は、「環境を変えたらこんなに人に喜ばれるようになるなんて!」って本当に思いました。

でも、本当に変わっていたのは環境ではなくて僕の意識や、志

「僕を認めてくれる相手のためにとにかくできることを全力でやってみよう。それが自分のためになる」というのが半年間の振り返りで得た僕の答えでした。

一生懸命先生と話す

完全に意識が変わっていた僕は「先生たちが幸せになるように何とかしてやるぜ!!」ってできることを全力でやり続けました。

そうすると

「あんたがいないと困る」「あなたがいるから仕事が回る」

「やっぱり本当に困った時に頼りになるのはあんただよ」

と言われるようになり、いつの間にかうつ病もどこかへ行ってしまうくらい、ブラック企業時代とは真逆のポジティブな言葉で満たされるようになりました。

今までは仕事に行くのも「嫌だな」って思ったり、「早く仕事終わらないかな」とか、日曜日の夕方になると「あぁ、また仕事か…」って思っていたのに

「土日がうっとうしい!」「休むより働きたい!」。そんな言葉を使うほど元気になっていました。

自分がイキイキとしている

ここでの経験で

本当の仕事って実はめちゃくちゃ楽しんでやるものなんだ。

仕事は生き方そのものだ。

って思わさせてくれました。

先生の負担が増えると子供が困るという現実を目の当たりに。

自分が支援すればするほど先生たちの実情も見えてきて、あまりにも過酷というか、負担が多い仕事をしていると気づいてきました。

例えば、草刈りや、PTA総会の資料準備、子供の給食指導、テストの丸付け、そして授業の準備…。

この中には「それって本当に先生の仕事なの?」っていうこともやっていたり、業務が圧迫しすぎている。

学校周辺の草刈り

ちなみに草刈りは校長先生の仕事です

誰かが子供のためと思ってやらなければならない。でも、子供のためになっているか分からない仕事をやるのは良いのだろうか?

「これって自分がブラック企業に勤めている時と同じくらい過酷なのでは?」

この状態で保護者や、教育委員会など見えないルールに縛られて毎日、学校の校務や研究をこなし、授業をしている。

このままで良いのかな?なんてモヤモヤしながら支援を続けていました。

そんな時、学校の先生の負担が誰に影響を与えているのか?が見えるようにもなります。

いつものように学校の支援をしていると、子供が何度も職員室に入ってきて、「先生…」とか細い声で先生を呼びかけています。

職員室

しかし、先生は明日までに提出しなければいけない県の重要なアンケートでその長過ぎる設問に苦戦をし、僕のサポートを受けながらなんとかやっていたんです。

「ごめんね!明日また話聞くから!」

その言葉を投げかけられた子供はちょっと涙目になりながらうなづき、職員室を去っていったのです。

子供が泣きながら去る

その後ろ姿を見て、

「もしかしたらあの子も明日までの課題があったんじゃないか?」

「今、僕がサポートをしていたから明日という選択を先生がしてしまったんじゃないか?」

「そもそもこんなに業務が積もり積もっているからあの子とじっくり話をする時間がないんじゃないか?」

もしかしたらこれが職員室の日常なのかもしれません。

でも、もし、これがいじめを受けてると相談しようとしていたら?その日の内に子供が死んだほうが良いと決断してしまったら?

もし、先生が子供たちのサインを見逃したら?

先生の負担が多いと子供たちの小さなサインを見逃してしまうかもしれない。

そう考えて先生の負担は子供たちの未来の時間を奪っていると考えるようになりました。